子猫
八重洲三井ビルの片隅の狭い柵の中に、
いつのまにか猫が入り込んでいた。
おそらく生後2、3ヶ月の子猫。
都会のビルの一角にどうして迷い込んだのか。
親猫とはぐれたのか。それとも心無い人に捨てられたのか。
ビルの管理スタッフが柵の中に手を入れて引っ張り出そうとするが、子猫は警戒して出てこようとはしない。
かなり衰弱しているように見える。
ときおり小声でニャーニャーと鳴く。
やがて生命がこと切れるのを予感させるような弱々しい鳴き声。
次第に人が集まり心配そうに覗きこむ。
観光客らしき外人さんもいる。
気づいてからもう数時間経つ。
柵の中の奥に引っ込んだままの子猫。
食べ物を置いてみたが、食べようとしない。
弱っているのが手に取るようにわかる。
子猫の不安な気持ちが伝わってくる。
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どこから聞きつけたのか、一人の女性が小さなゲージを持って現れた。
女性は、猫を保護する支援団体のコイズミと名乗った。
コイズミさんは膝まづいて子猫に目線の高さを合わせ、話しかける。何度も何度も話しかける。
子猫はコイズミさんをじっと見つめるようになった。
子猫とコイズミさんとの心の距離が、どんどん縮まっていく。
コイズミさんはそっと柵の中に手をいれた。
管理スタッフが柵の中に手を入れると、子猫は警戒してフーッと唸っていたのに、
子猫は静かにコイズミさんの手に近づいた。
コイズミさんが子猫の背中に手を回しても、子猫はジッとしていた。
コイズミさんはずっと話しかけながら、
静かにソッと子猫を柵の外へ引きだした。
思わず周りから拍手が起きた。
ゲージの中に入れられた子猫は、またニャーニャーと鳴き出した。
今度は、生命の息吹を感じさせる力強い鳴き声だった。
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なかなか子猫を助け出せないので、柵を壊すとか、技術的なことばかり考えていた。
でも足りなかったのは技術ではなかった。
私に足りなかったのは、
コイズミさんの様に、助け出したい気持ちと愛情を、子猫に一生懸命伝えることだった。